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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(オ)260号 判決 1957年3月28日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士坂千秋の上告理由第一点について。

(イ)所論公職選挙法の各規定の解釈が所論のとおりであり、また本件「池田一男」なる投票が被上告人の氏と他の一人の候補者の名「一男」との組み合わされて記載されていることも疑のないところである。しかしながら原判決は、その判示のような理由の下に、右投票を二人の候補者の氏名の混記されたものとは見ないで被上告人「池田和夫」への投票と認められる、すなわち池田和夫の誤記であると判断したものであつて、そのような判断ができないわけのものでもなく、その限りにおいて原判決は所論公職選挙法の各規定の解釈及び適用を誤つているものでない。また原判決は、「池田一男」と「池田和夫」とが発音上同一であるという理由だけで前記の投票を被上告人の氏名の誤記と認めたものでもない。

(ロ)原判決は、他に特段な事情のない限り「池田一男」なる投票は所論のように混記又は両候補者のいずれを記載したものか確認し難いものとして無効とすべきでなく被上告人への有効投票と解するを相当とし、上告人の全立証を以てしても「池田一男」なる投票を無効と認むべき特別事情の存在することは肯認できないと説示しながら、本件選挙の場合多数の明白なる混記投票の事例あり、これらの事例より推断するも池田一男なる投票が混記投票の疑濃厚なるに拘らず、原判決は、これらの点を考慮の外において前叙のようにただ漫然と「上告人の全立証を以てしても」云々と説示したのは重大な審理不尽であると論旨は主張する。しかしながら原判決は所論事例を斟酌したことは右判決の行文上看取しうるところであり、所論のような事例があつても原判決の判断は必ずしも覆えしうるものとも断じ得ないから、原判決には所論審理不尽の違法ありというをえない。

(ハ)論旨は「池田一男」なる投票が所論のように混記でないとしても、判示のように多数のものを全部被上告人氏名の誤記と認めることは、独断的な推定で常識に外れ所論判例に背馳すると主張するが、所論判例は本件の如き場合に必ずしも適切なものとは認められない。

第二点について。

(イ)論旨は、所論原判示は極めて稀な場合を考慮に入れておるのであり、そのような極端又は微少な可能性を基礎として投票の効力の判断をすることは経験律に反し違法であると主張する。しかし所論原判示のような場合もあり得ないわけではないから、そのような場合を考慮に入れて投票の効力を判断したからといつて経験律に反したものとはいうを得ない。

(ロ)論旨は、原判決は所論のような証拠価値のないものを証拠として採用した違法があると主張するが、原判決は新聞記事中にも誤記もあるくらいだから(この場合新聞の新しい古いは問題でない。)選挙人が誤記することもあり得ると説明しているだけであり、これを斟酌して判示の判断をしたからといつて経験律に反する違法なものとも断じ難い。

補助参加人代理人弁護士鈴木義男、大野幸一、河野太郎の上告理由について。

論旨は、本件七一票の係争票は選挙人の錯覚に基くものであり、その中には被上告人への投票もあるべく或は又西沢一男に対するものもあるべく、究極のところ右両者のいずれへ投票したるものなるや不明という外はない、このような投票こそは公職選挙法六八条一項七号にいわゆる候補者の何人を記載したか確認し難いものに該当し無効投票といわなければならない、然るに原判決はその悉くを被上告人の有効投票と認めたことは公職選挙法の右条項の解釈適用を誤つたものであると主張する。しかしながら原判決は、判示の理由を以て右係争票を被上告人の氏名の誤記であり有効投票と認定したものであり、そのような判断ができないものでもないことは前段敍述のとおりであるから、原判決には所論法律の解釈を誤つた違法ありと為すをえない。所論判例は本件に必ずしも適切ではない。

補助参加人代理人弁護士大野幸一の上告理由第一点について。

論旨は、裁判所は開票当時公正にして善意が認められる限り開票管理者の決定は尊重しなければならないというが、裁判所は右決定は尊重してもそれに覊束されて判断をしなければならない筋合のものでもない。

第二点について。

原判決は所論公職選挙法第六八条の規定を念頭において本件投票を有効と判断したものであることは、原判文上容易に看取しうるところであるから、本件投票が右規定に該当しないことを以て、原判決に理由不備の欠点ありとする論旨は理由がない。

第三、第四点について。

論旨は、本件投票は結局公職選挙法六八条一項三号にいわゆる一投票中に二人以上の候補者を記載した場合に該当するが故に無効であるという。また更に、同一氏名、氏又は名の候補者が二人以上ある場合に、その氏名、氏又は名のみを記載した投票を有効とした公職選挙法六八条の二を類推適用すべき場合であるから、開票区毎に按分加票すべきであり、従つてこれを直ちに無効とした原判決は選挙法の適用を誤つたものであると主張する。しかし右各所論はいずれも、原判決の判断と相容れない独自の見地に立つて原判決を攻撃するだけのものであり採用に値しない。

第五点について。

論旨は、原判決は具象上の氏名の価値を軽視している。即ち社会法則を誤つて適用したと主張する。所論社会法則の存在はともあれ原判決は判示の理由の下に「一男」と「和夫」は誤記されやすいものと判断したのであり、そのような判断は必ずしも不当ではないこと上来説明したとおりである。論旨も亦独自の見地に立つて、原判決を非難するに過ぎない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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